おっぱいサバイバー

2015年28歳で乳がん告知。闘病の記録と感情をつづるブログ。

『女子と乳がん』を読んだ

このフレーズだけで痺れる。帯にも抜粋されているこれは、作者が知り合いにかけられた言葉だそう。『女子と乳がん』は、今のわたしにとって最高の本だった。

乏しい知識で『がんで可哀想』とか妙に同情してくる世間の人たちや、『それでも私たち、前を向いて生きています』とかやたらキラキラしたがる乳がんの女たちに知らしめてくださいよ。別にがん患者は聖女でもないし、社会悪でもなくて、あなたと変わらない普通の人間だって

p. 195

2017年に読んだ本の中でも、これまで読んだ乳がんに関する本の中でも1位。いま、わたしが思っていることほぼすべてを代弁してくれている。作者みたいな乳がん患者になりたい。病気には二度となりたくないけれど。とくに若年性乳がんの患者で社会復帰をしたひとには漏れなく読んでほしいし、男女問わず重病の患者・家族・友人知人にも読んでほしい。もう、ありとあらゆる人に読んでほしい。

とにかく全体的に良い。あまりに良すぎて、重点だけを書いても長くなったけれど、感想をまとめた。でも、わたしの意見はどうでもいいので、とにかく本を読んでほしい。

女子と乳がん

女子と乳がん

がんになってよかったと思ったのは、わたしだけではなかった

わたしが乳がんを告知されたのは、自分が高望みして入社した会社で、周囲のレベルが高すぎてついていくことすら怪しかったときだった。乳がんの衝撃にひと通りうろたえた後、逆にホッとした。憧れていたけれど、こんなにハードな仕事だとは……。でももう、頑張らなくたっていいや。だって、がんだもん。リタイヤの建前ができたぜ、とも正直思った。そういうよくいる甘えた女子だった。

p.232

心の底から、共感する。わたしだけじゃなかった、仕事から逃げられる、と思ったのは。だって、がんだもん。当時のわたしは、望んで就いた仕事なのに、つらくて仕方がなかった。それから2年以上経過し、少し冷静になった今では、告知の衝撃から自分の精神を守るためだったのでは? と思うこともある。でも実際のところはもうわからない。わからないから余計に、あのときの感情を思い出すと不安になることがある。そういうことを考え続けていた矢先、同じように思っていた人がいるのかと知りホッとした。あーわたしもよくいる甘えた女子だった。20代で乳がんになった自分は普通ではないと思っていたけれど、普通だったのだ。

ちなみに、結果として、がんになって良かったとは思わない。療養中には、がんになって良かったこと*1もあったけど、病気になんてならない方が絶対に良いし、なったらなったで治療はラクな方が良いに決まっている。抗がん剤もハーセプチンも手術も放射線もホルモン療法も、乳がんのフルコースなんて、受けなくて済むならその方が良い。身体もボロボロになるしお金もかかる。遊んで過ごそうと思った二十代最後の1年間はほとんど治療で消えた。

いまでは、前と変わらない仕事をしている。がんは、自分を見つめ直すひとつのきっかけくらいにはなった、と思う。仕事はつらいこともあるけど、解決できることは増えたし、逃げることを覚えた。だから、きっとちゃんと成長している。無駄なことなんてひとつもない*2

社会の求めているがん患者になってたまるか

わたしは、ありがたいことに乳がん患者としてAbemaTVに出演した*3。その後、雑誌にも匿名でインタビューを受けた。ブログを書いているだけで、ほかのメディアに出る機会があるのはありがたい。乳がんになっても、見た目も中身もふつうの患者もいる、ということ伝えたいと思っているので嬉しい。

ところで今年は、小林麻央さんの訃報があった。それは残念であると同時に、多少なりとも情報発信している若年性乳がん患者にとって、別の苦しさも実感する出来事だった。同じ病気の患者として、コメントを求められる。

「同じ若年性乳がん患者としてどう思われますか?」と聞かれ、言葉に窮してしまうことがある。こういう言葉を向けられて「とても悲しいことだと思います」と涙を流せる人が朝の情報番組などでは重宝されるのだろうけれど、同じがんを経験しているからイメージできるつらさがあり、治療の違い、ステージの違いから知らない部分も実はとても大きい。

p.112

そうそう、メディアが欲しているのは可哀想ながん患者なのだ。たぶん、若くて、なんなら美しいと、もっと良いのだろう。わたしは、小林麻央さんの訃報当日、とあるテレビ番組から、インタビュー出演の依頼を受けた。電話口で、同じ病気としてつらいでしょう? と何度も言われ、収録は、その翌日。しかも顔出し必須とのこと。完成の映像が目に浮かんだ。ステージは違えど同じ病気の身としては、心が張り裂けそうなほどつらい。でも、わたしはこれから何十年も生きていくつもりだし、まわりに可哀想だと思われたくもない。取材は断った。

伝えるための言葉を惜しんではいけない

日々の報道、重病を扱ったエンタメ作品。社会が求めているのは可哀想な患者。求める人がいるから、消費される作品が生まれるのもわからなくもない。と思っていた。すべては仕方がないことだ、と。

でも、当事者が伝えなかったら誰が伝えていくのだろう。ごくごく普通の、可哀想でもない、キラキラもしていない患者がいることを。松さんのコメントは力強い。そして、ていねいに伝える。当事者が伝えなければ、誰も伝える人はいないのだ。

だから当事者は面倒でも煩わしくても、言葉を惜しんではいけないのだ。それをしないと日々メディアから大放出されている偏ったがんのイメージに社会も自分も飲み込まれてしまうから。

p.113

普通に働く

わたしは普通に働いている、と思う。昨年は時短勤務を経てリハビリに徹したのに対し、今年は、完全に普通だったと自負している。嫌なこともあったし、苦手なこともあったし、悔しいこともあった。仕事が面倒になることもあった。一方で達成感も金曜の疲労感もあった。それら全てをひっくるめて、ごく普通の31歳会社員として働いていると思う。

あちらに行けば「大丈夫ですか?」
こちらに行っても「大丈夫ですか?」
〜中略〜
そしてがん患者もまた、誤解や無理解、大げさな対応を不安に思って自ら言わないのだと思う。最近はなににおいても事実を伝えているだけで「不幸自慢」「頑張り自慢」「自分語り乙」と揶揄される時代だ。

会社では、必要以上に気遣われることも、揶揄されることもない。家族も友だちも今まで通り接してくれる。良い環境に恵まれている。それでも、一歩外に出ると、怖くなる。わたしはまだ、余計な心配と大げさな対応が怖い。

そんな時代に文筆のみで屁理屈こねたり、がんの経験だけに頼って支援活動をするよりも、「みんなと同じ社会で、みんなと同じように働けます」と体を使って証明したいとわたしは思った。自分自身が証明になれれば説得力もあるし、一緒に働く人たちにとっても自ずと知見が増えていく。「私と一緒に働いていた人乳がんだったけど、ちゃんと働けていたよ」そんな風に言ってもらえたらな、と考えたのだ。

それでも普通に働こうと思っているのは、この松さんの心境と同じだ。乳がんになっても普通に働ける人もいる。だから、無理はせずとも、これからも普通に働いていきたい。自分のために。

まだまだ先は長い

ここまでポジティブな感想を書いたけれど、ひとつだけ絶望したことがある。松さんは29歳でがんになったらしいが、1977年生まれである。だからきっと40歳。ああ、告知後10年以上経たないとこういう境地には立てないのだ。告知からの年数なのか、女性としての年数なのかはわからないけれど。

わたしは焦っていた、できるだけ早く、元に戻らなければ、と。前よりも強い女性に戻らなければ、と。その焦りは、まだ病気の衝撃の中にあるものだったのだ。しかし、あときっと8年くらいたったら松さんのように開き直れるのだろうし、その頃も相変わらず普通に生きているのだと希望を持つことにする。

上記以外にも、若年性乳がん患者の恋愛・結婚。妊娠・出産。セックス・不倫。とにかく盛りだくさんで、病気は関係なく、20代30代女性の人生が詰まっている本だった。

わたしはわたしらしく、強く生きていくぞ。

女子と乳がん

女子と乳がん

今週のお題「今年買ってよかったもの」