おっぱいサバイバー

2015年28歳で乳がん告知。闘病の記録と感情をつづるブログ。

ホルモン治療と頭痛

…半年ぶりの更新です。いきなり言い訳をすると、もうほとんど普通に暮らしているので、なかなか書くことがないのです。

“普通に” 暮らすと、仕事も趣味も充実して、つまり病気以外の事柄の占める割合が増えて、闘病という概念が減っていく。このブログを読んでいるという友だちには、「更新頻度が減ったのは、元気だってことだから嬉しい」ということを言ってもらえたので、それはそれで良いことだと思っています。

とはいえ、ホルモン治療は続いています。半年に1度打つリュープリン(注射)と、毎日飲むタモキシフェン(錠剤)。トータル10年と言われる治療は、なかなか終わらない。リュープリンはあと2年くらい、タモキシフェンはあと7年くらいは続くと思われます。

さて、そのホルモン治療。薄々気づいてはいましたが、副作用として、頭痛がときどき出ています。頻度にバラツキはあるけれど、だいたい月1日か、多くて3日くらい。

わたしの場合、①抗がん剤治療 → ②手術 → ③放射線治療 → ④ハーセプチン → ⑤ホルモン治療と、結果的には副作用が強い順に治療を行ってきました。体感としては、抗がん剤が圧倒的につらく(といっても耐えられないほどではないですが)、それ以降の治療では、副作用を誤差のように感じていたのだと思います。実際、頭痛といっても、軽ければ数十分で落ち着くし、少しひどくても市販のロキソニンを飲んで寝れば治るし、生活できないほどでは全くないのですよね。

しかし、社会復帰して3年。なーんか、頭が痛いことが増えたなーと感じる日々。乳がんになる前も、年に2、3回は頭痛になることがあったので、そこまで気にしていなかったですが、やはり少し頻度が増えた気がする。これは思い込みかもしれないけれど、季節の変わり目(特に春になる時期)や、天気によって変動する気がする…

というわけで、主治医に「頭痛になりやすい気がするんですよね」と言ったところ、即答で「副作用でしょうね」とのこと。やっぱりそうでしたか… わかってはいたけど、そう言われると安心するような、がっかりするような。 そして、治療を続ける以上は根本的に解決する術はないので、付き合っていかないといけない。わたしの場合は、そこまでひどくないので、主治医にも確認して、市販の頭痛薬を飲むことしました。

主治医からは、「頭痛は本人しかわからないので、おかしいと思ったらすぐ言ってね」というコメントをもらい、また、頭痛で恐れるのは脳への転移だけど、その感じだと大丈夫だろうとの判断で様子を見ることに。あわせて「再発が一番起きやすいのは、最初の4, 5年間だから、あと一山がんばろう」と励まされました。ちなみに、2019年の5月で、告知から4年になります。

頭痛は、季節や気象が関係しているような気がしているので、「頭痛ーる」というアプリを入れて、様子を見ています。ちなみに、もうひとつ気になる副作用として、「乗り物酔いの悪化」もあるんですが、こっちはだいぶ慣れてきたのでなんとか暮らしてます。いずれも、ホルモン剤からくる更年期症状で、自律神経が乱れ気味なのかもしれない(想像)。

長い治療なのでうまく付き合っていきたいですね。

写真はタモキシフェンのジェネリック医薬品。最近、オレンジ色のものになりました。

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タモキシフェン

がんでも普通に生きている

さくらももこさんが亡くなった。53歳。乳がん。…… という書き出しの記事を下書きに入れていた。その記事を公開できぬまま、樹木希林さんの訃報を知った。直接の死因はわからないけれど、乳がんの告知を受けて、その後も全身にがんがあることを公表されていた。そして今日、山本“KID”徳郁さんが亡くなった。

わたしは、2015年28歳で乳がんの告知を受けた後、さまざまな治療を行って、今ではすっかり元気に暮らしている。一部の治療(ホルモン治療)はまだ続いているけれど。その甲斐あって、今年の定期検診も、再発も転移もなく終えた。

わたしが乳がん患者となった3年の間に、同じような境遇である乳がん患者や、若年性のがん患者の訃報を聞いた。以前は、強く感情移入をして動揺していたが、月日が経ち、それも少なくなってきた。わたしはわたしだと認識できるようになった。

それでも。同病や近い世代の訃報は、残念で悔しい。それぞれの病状や治療は分からないけれど、やっぱり悲しい。

同時に、Yahoo!ニュースのコメントや、はてなブックマークコメントで、想像による言葉を見るたび、胸がズキっとする。民間療法がどうとか、若い患者は進行が早いとか、想像でしかない内容のこと。

著名人の訃報はどうしても目立ってしまうし、「がん」は未だにドラマティックに仕立て上げられることが多い。でも、元気に暮らすがん患者がいることも、多くの人の目に届いてほしい。

告知から3年で、すっかり元の生き方に戻った話

今年の健康診断も無事にパスできた。全体的に去年とほぼ変わらなかった。よかった。

1年で最も嫌なイベントが、通院先の病院での定期検査(マンモグラフィやPET CT)。2番目が会社の健康診断である。いや、わかる、やった方が良いことは百も承知である。2015年の健康診断でがんが見つかったから、いまを生きている。だから早期発見が大事なのは“死ぬほど”わかる。でも、やっぱりもう、あのときの気持ちは味わいたくない。

ここしばらくブログを書いていなかったが、目下の悩みは、身体のことから日常生活に変わった。治療が落ち着き(薬は飲んでいるし、定期的に通院はしているが)、もうすっかり健常者の気分で、がん治療中であることをほとんど忘れている。そういえば、健康診断の際に、再三「乳がんです」と伝える必要があったのは苦痛だったが。思い出すと腹が立つ.... 一度は伝える必要があるのは仕方ないと思うので、せめてカルテに明記してほしい。何かの流れで「乳腺の腫瘤は良性だったんですか?」と聞かれた際には唖然とした。「いえ、乳がんなんで悪性ですね」とマジレスしたけれど。乳がんってワード、少なくともわたしは何度も言いたくない。自分の意思でブログに書く分にはよいが、病院で何度もいうなんて馬鹿げている。

とはいえ最近は、芸能人の同じような病気の人を見かけても、心のざわつきが少なくなった。以前は、ワイドショーやネットニュースでがんについて触れられる度、自分と他人の切り分けができず、つらくてしょうがなかった。近い病気の人や、やり取りをしたことのある人の訃報を聞く回数も増えたが、乗り越えられると思えるようになった。

生きているだけで素晴らしいと本気で思っていた治療中に比べ、生きているとつらいことが多いと思うようになってきた。仕事でうまくいかないこと、家事をずっと続けること、何かを頑張っても誰も褒めてくれないこと、ちっぽけだと思っていたはずなのに、そういうことばかり気にしている。使いやすければ良いと思っていたバッグは、GUCCIの新作がほしいと思うまで贅沢になった(買えないが)。

乳がんを告知されてから3年が経って、煩悩まみれで、人間らしくなった。まあそれはそれで良い。